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2013/04/01

現代人のグレート・ジャーニー、始まりは遡るか? part1

 アフリカに出現した現代人が、いつ、どのような経路をたどって世界へ広がっていったのかを追究する研究は、考古学、化石人類学、遺伝人類学が協力し合って進められています。
 このうちもっとも確実なのは化石人類学です。年代が明らかな現代型人類の化石を見つけることで、確実な経路とその年代を知ることができるからです。しかし、人類化石を見つけることは容易なことではありません。確実な埋葬の習慣が広まる後期旧石器時代より以前、すなわち現代型人類より古いタイプの人類化石は、限られた洞窟遺跡からわずかしか見つかっていません。
 一方、考古学は遺跡や資料の数が豊富で、人類化石の証拠を補う重要な手がかりを提供することができます。ところが、石器やそのほかの考古資料だけから現代型人類とそれ以前の古いタイプの人類とを見分けるのは、実は難しいのです。考古学では、石器などの技術や形態から「型式」や「インダストリー」といったグループを見つけ出し、相互の関係を明らかにします。確実な化石証拠を伴っている資料は、「現代型人類の型式」「古いタイプの人類のインダストリー」と言うことができます。しかし、そうした識別ができない「型式」や「インダストリー」の方が多いのです。とくに、化石証拠が乏しい「南回りルート」では、どの「型式」や「インダストリー」が現代型人類の到来を示すのか、議論が続いています。

 そのような中で、1990年代後半から急速に進展したのが遺伝人類学の研究です。現代人、そして化石人骨から抽出されたDNAを比較し相互のつながりを明らかにするだけでなく、DNAの上に見られる変化が一定の速度で発生したと仮定して、異なる遺伝的特徴を持つグループが、いつごろ分化したのかを調べることが可能になったのです。
 そうした研究の成果として示された出アフリカの年代は6~4万年前ということでした。これはヨーロッパや西アジアに現代型人類の化石とそれにともなう石器インダストリーが出現する年代とも一致していたので、広く受け入れられました。
 一方で、東南アジアやオーストラリアなどで発見されていた現代型人類の化石の年代から見ると、出アフリカ後、きわめて短期間にオーストラリアまで現代人が進出したと考えなければなりません。このため、「南回りルート」では海岸沿いに、急速に人類が東へと進んだとする「沿岸特急」仮説が示されたのです。
 ところが、最近のインドやアラビア半島での考古学調査の結果からは、もっと古く10~8万年前にはすでに現代型人類が進出していたのではないか、とする説が示されるようになりました。しかし遺伝人類学の示す年代とは齟齬があります。当然、論争が巻き起こるとともに、たとえば10~8万年前に出アフリカを果たしたグループは、その後子孫を残すことなく途絶えてしまったので遺伝学的には痕跡を見出せないのではないか、といった説も示されたりしています。

 そのような中で、昨年(2012年)9/20付けのNature Review Genetics誌に掲載されたあらたな論文は、現代人の起源に関して遺伝学が示してきた年代が、古い方へと巻き戻されると指摘しました。遺伝学では、現在、および化石人骨から抽出される過去のDNAに見られる変異について、一定の速度で蓄積されると仮定します。そして、化石記録などにもとづいていくつかの基準点を設けて、変異が蓄積される速度を計算するのです。
 この論文では、最新の人類化石の年代にもとづき基準点を設定しなおして、変化の速度を再計算したと言うことで、下に引用したグラフのように、1)現代人のグループとネアンデルタールが分かれた年代、2)現代型人類の出現年代、3)出アフリカの年代、4)出アフリカ後、ヨーロッパ系とアジア系の集団が分かれた年代、がこれまでの説より古くなることを示しています(Nature誌9/20号の解説記事はこちら:英文)。
この年代は、インドやアラビア半島において考古学調査を進めていたグループから非常に好意的に受け止められています。彼らの主張をバックアップする結果なのですから、当然ですね。また遺伝人類学側でも、この「改訂年代」を支持する研究が次々に報告されています。その中で、つい最近、世界各地の旧石器時代~新石器時代の人類化石から抽出されたDNAのデータを組み込んだ研究成果が、Current Biology誌に報告されました。
 この最新の論文については、次回、解説したいと思います(続く)。

2013/02/12

ネアンデルタールと現代人-交替? 淘汰? 共存?-

 南アジアから少々はなれまして、ヨーロッパはスペインにおける最新の研究成果のニュースです。 スペイン南部の「最後のネアンデルタール人」の年代を再検証した結果、従来の報告よりも1万年ほど古くなるという論文が、アメリカ科学アカデミー紀要(PNAS)の2月4日付早期版(early edition)に発表されました(リンク:本文閲覧は有料またはサインインが必要)。
 かねてから、スペイン南部のネアンデルタール人の遺跡はヨーロッパでもっとも新しい年代(3万5千~3万年前:較正年代)が報告されており、現代人がヨーロッパに進出した後、住処を追われたネアンデルタール人にとっての最後の避難地だったのではないか、とされてきました。ところが、今回発表された論文では、年代測定の試料となる骨について再検証したところ、スペイン北部のものと比べて南部のものは残り具合がよくなく、そこから抽出されたコラーゲンにもとづく年代測定結果には試料汚染の影響が大きいこと、そのために「若い」年代が測定されている可能性があることを指摘しています。その上で、条件の良い遺跡・試料に絞って再測定を行なったところ、信頼できる年代として、従来言われていたよりも1万年ほど遡る数値が得られたと言うのです。
 と、なると...ネアンデルタール人がスペイン南部から姿を消したのは、現代人が進出してくるよりも前、ということになります。したがって、ネアンデルタール人は現代人に追いやられたのではなく、ネアンデルタール人がいなくなった後に現代人が進出してきたのかも?! ましてや、現代人がネアンデルタール人を駆逐、虐殺したなどというストーリーは成り立たない?! (英語の解説記事としては、こちら:Past Horizonsもご参照ください)。
(写真は、ネアンデルタール人の復元像。独・ネアンデルタール博物館:Wikimediaコモンズより)


 さて、先にご紹介しました『ホモ・サピエンスと旧人』は、文部科学省科研費補助金「新学術領域研究」 ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化に基づく実証的研究(通称「交替劇科研」)により開催された同名の公開シンポジウム(2012年6月16~17日:東京大学小柴ホール)の記録集です。「交替劇科研」は、人類の進化、われわれ現代人の祖先がいつどのようにして世界各地へ広まっていったのかを、人類学、考古学だけでなく、多様な研究分野の協同により解明しようとする日本発の研究プロジェクトです(ちなみに、私・野口は公開シンポジウムにゲスト・スピーカーとして参加させていただいただけです^^;)。
 この「交替劇科研」をはじめとして、いま、世界中の先史人類学者、旧石器考古学者が注目している大きな研究テーマが、われわれ現代人の出現と旧人類との関係です。とくに調査事例も多く、研究が先行してきたヨーロッパでは、われわれの直接の祖先ではないネアンデルタール人が、およそ4万年前頃までそこかしこに暮らしていたことが知られているだけに、彼らの運命と現代人との関係が長らく議論の対象となっています。
 ひと昔前、すべての教科書や概説書には、原人の段階以降、アメリカおよびオーストラリア以外の世界各地に広がった人類は、それぞれの土地で進化していったと説明されていました(他地域進化説)。ヨーロッパでは、ネアンデルタールが現代人の祖先となった、というわけです。現代人の祖先がアフリカに登場し、そこから世界各地へ広まったとする単一起源説が遺伝人類学から提唱されたのが25年前のことです。大学生になったばかりの頃、受講した人類学の講義では、両論併記(どちらかといえば他地域進化説が強調されていた?)でした。
 その後、化石人骨から直接DNAが採取され、現代人とネアンデルタールとの間が思いのほかかけ離れていると言うことが指摘され、またアフリカにおける考古学や人類学の資料が増加すると、アフリカ単一起源説が完全に優勢になりました。その間に、上述のとおりスペイン南部の「最後のネアンデルタール人」の遺跡が現代人の進出以後の年代であると報告されたため、現代人に追いやられたネアンデルタール人がスペイン南部で細々と生き残ったとする説や、その間に両者の文化的交流があったのではないか、とか、逆に現代人により激しく駆逐されたのではないか、とか、諸説が出されていたのです。
 そして2010年、現代人とネアンデルタールの間にわずかながらも遺伝的関係があるとする論文が発表されました。しかもその関係は、アフリカの現代人たちにはほとんど見られず、アフリカ以外の現代人に認められるということから、現代人の出アフリカ後に、現代人とネアンデルタール人との間に遺伝的交流(交配)があったのではないか、ということになりました。
 といった具合に、現代人とネアンデルタール人との関係は、この25年ほどの間に次々と定説が塗り替えられ続けてきました。そして今、現代人との共存を示すと考えられた考古学・人類学の資料が見直しを要請されることになりました。この議論、決着を見るのはまだまだ時間がかかりそうです。

 ちなみに「南回りルート」では...そもそも化石人骨が見つかっていないために、ネアンデルタール人がいたのか、それとも別の種類の旧人がいたのかということからして、まだ分かっていません。どこかで化石人骨を見つけることができたら、それこそ「21世紀最大の発見」になるでしょうね。